2009年12月11日
釣りの名言

「始めに言葉ありき」は新約聖書ヨハネ伝の有名な教えといわれているが、釣りの世界にも古来さまざまな言葉が残されている。そこできわめ付きの名言(迷言)を探し出しご紹介するこのシリーズのタイトルは「釣りに言葉ありき」にしようと思うので、よろしくおつきあいを。
コラムニスト 金森直治

「高価でも良いエサを使え」
このあとは次のように続く、「ぜいたくでない限り優秀な道具を!釣りをして損得を論ずるくらいなら、はじめから市場の魚屋へ走れ!」
原文はちょっと読みにくい明治時代のカナまじり文である。
このいいにくいことをズバリと書き残したのは幸田露伴(1867〜1947)、第1回文化勲章を受賞した文豪で釣りキチとしても知られた人物である。
この文章は明治39年(1906)友人の著書の序文として書かれた格調高い名文で、「遊漁ノ説」といわれる。アマチュアの釣りのありようを論じたものとしては古今東西を通じて最高の文章とされ、露伴は「日本の釣聖」といわれているのである。
「安物買いのゼニ失い」ということわざがある。今はいろいろなタイプの商売があって、安物でも結構なものもある。100円玉を活用することも大事なことであろう。しかし、このことわざは今も健在なのである。
竿・リール・小物・ウエアなどは、「安けりゃいい」というものでないことはご存じの通りである。良いものは大切にするし飽きがこない。それに気分がいい。これは遊びの世界では大切なことなのである。
古来「エサ負け」という言葉がある。今ならルアー負け・フライ負けがあるかも知れないが、ともかく同じように釣っていてエサの違いで負けるということである。お
そらく露伴センセイもエサが合わずカッカとしたことがあったのであろう。
「趣味とは金銭を費(つい)やすことなり」とまで釣聖はおっしゃるのである。そりゃ財布のふくらんでいる人はいいが……遊びもなかなか難しいなあ。
「魚は釣っても釣られるな」
大正から昭和にかけて第一次の釣りブームとされる頃の釣り雑誌に登場した言葉である。
おそらく「酒は飲んでも飲まれるな」から転じたものであろうが、クセになりそうな楽しい趣味にはすべて通用しそうな教訓である。
「酒に飲まれる」「魚に釣られる」とはどういうことか。いうまでもないが「楽しみ」を通り越して「アル中」になってしまったり、釣りに夢中になって生活を乱してしまったりすることである。まあこの二つに限らず、お色気・ギャンブル・コレクションなどいろいろ………。
ほぼ半世紀つき合ってきた釣りの世界にはさまざまな人間ドラマがあった。存命のお人もあるので名前は伏せるが………。
Aさんは首都圏の船釣りでは有名で文章のうまい人だった。公社勤めだったが早期退職し長年の夢だった釣り船業を始めたのである。もちろん退職金とかなりの借入金を注ぎこんで。しかし、バブルがはじけお手上げ。結局Aさんは家まで一切を失ってしまったといわれる。
全国規模の大会や釣りライター、ラジオテレビなどで名が売れて身を誤った人も少なくない。世の中そんな甘いもんじゃないのである。鮎釣りの世界も多かったなあ。
関東で知られていたBさんは次々に本も出し全国区になったが、ぷっつりと消えた。メーカーともめたともいわれるが。名手Cさんは鮎用品のメーカーを創業し、東京の見本市では大メーカー顔負けのブースを展開して驚かせたが、僅か一年か二年で消滅したのである。皆さん見事な「釣られっぷり」であった。良い人たちだったのだろうが………。
「鯛釣りは正座して」
正座なんて日本人の日常から遠くなりつつあるのだが、こんなことを大まじめで書き残した釣り師がいたのである。
赤星鉄馬(あかぼしてつま・1883〜1951)は、明治政府の御用商人として一代で巨富を築いた赤星財閥の御曹司で中学を出ると渡米しペンシルバニア大学へ進んだ。アウトドアーライフもいろいろ体験したようで、彼の人生に大きく影響した。
赤星鉄馬は「ブラックバスの父」といわれる。今も確かな市民権を得たとはいえない魚だが、食用として又ゲームフィッシュとして有益と信じ移入したのである。大変な苦労と巨費を投じ箱根の芦ノ湖に放流されたのは63匹。大正11年(1922)のことでこれが日本のブラックバスのルーツである。
彼は根っからの釣り好きで、鯛釣りに熱中し各地の釣りを楽しんだようだが、ホームグラウンドは千葉県外房の勝浦だった。紀州・雑賀(さいが)の一本釣り漁師たちが小さな旅船(たびせん)で開拓した漁場である。
ここにも持ち船を置き楽しんだ彼の腕と広汎な知識には、さすがの名人集団も一目(いちもく)置いていたといわれる。
赤星鉄馬が晩年に書きとどめたのが有名な「鯛釣りの要領」である。委託された故永田一脩氏がいくつかの原稿をまとめられたもので、古き良き時代の鯛釣りのすべてを網羅した今や古典ともいうべき文献である。
特に釣り姿については厳しく「名人といわれる人の立ち居ふるまいを見習え」と説いている。「どっしり落ち着いた正座」といわれても……何もかも変わったが、先人の心がけだけは学びたいものである。
「ヘタの長ザオ」
これは船釣りに限ったことではなく、遠い昔から釣り一般について伝えられてきたことわざである。
手の延長とも考えられる釣りザオはその効用から長ければ長いほど有利といえなくもない。
長い分だけ広範囲に釣れるのだから他人に勝てると思うのも無理はないが、釣りはそんなに単純なものではない。重い・扱いにくい・疲れる・などでマイナスになることの方が多かった。
長ザオが成功したのは、カーボン時代になってからのアユの友釣りザオだけ。今や、標準が9mで300gを切るという軽さである。このハイテクが友釣りを変えたのである。
古来、語り継がれる名人にはどちらかといえば短竿派が多かった。突堤のクロダイ釣りでも、磯のグレ釣りでも……静かでこまやかなサオさばきで「磯際の魔術師」と呼ばれた名手もいたのである。
キスの乗合船で隣の客が長い投げザオで……と友人がこぼしていたことがある。長いといえば4m級だったのだろうか。同じキス釣りでもこれは浜での遠投用のもの。船上では遠慮した方がいいだろう。
今は船ザオでも魚種別はもちろん釣法別・サイズ別・エサ別、中には地区限定とか、多すぎるほどの種類が生産されている。
細分化・専門化も結構だが商魂にふり回されないようにしたい。極論すれば大物ザオと小物ザオがあれば事は足りるのだが、やはり先輩や釣り具店などで相談した方がいい。
「安物買いのゼニ失い」もまた事実。始めから飽きの来ない良いサオを買った方がいい。そして短めのもの
「エビでタイ釣る」
ウタセエビで大型マダイ。船釣りの王様といっていいだろう。古来エビでタイを狙う釣りはほぼ全国的におこなわれてきた。名著「釣百科」(昭和13年・朝日新聞社刊)には日本各地のさまざまなタイ釣りが30数ページにわたって紹介されている。エサについても地域によって時季によって詳しく語られているが、共通している最良のエサはやはりエビ類なのである。
従ってこの「エビでタイ釣る」は釣りのことわざと思われがちだが、実はそうでないのである。ことわざ辞典を開いてみると次のように解説されている。「わずかな労力や元手で、大きな利益を得ることのたとえ」そして「安くて小さなエビで大きく高価なタイを釣り上げることから、略してエビタイともいう」さらに類句として「ザコでタイ釣る」「麦飯で鯉を釣る」まで紹介されている。
辞書とはエライものでまさにこの通りだが、「安くて小さなエビ」がいささか気になる。釣りを知らない人はともかく釣り人の受けとり方は違うのではないだろうか。
「タイを狙うなら最良のエサを…高価でも」という感じなのである。「エビタイ」なんてケチな根性じゃないのである。遠い日、磯のイシダイ釣りに特効薬といわれたイセエビを使ったことがある。3cmほどの切り身を薄くのばした真綿で包みハリを通すのである。確かに釣れたが1回の釣行にウン万円は異状である。バチが当たるような気がしてやめたのだが。
世の中「エビタイ」なんてウマイ話は絶対にないと思った方がいい。忘れたころにエビにひっかかる人がいるんだから。


